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2014/03/24

フルール文庫さんの特典について

フルール文庫さんの特典について、ご質問をちょうだいしましたので、お答えいたします。

ショートストーリーのペーパー等の特典がつくかどうか、また、そうした特典の情報をお知らせする時期は、フルール編集部さんのご判断にお任せてしています。
特典についてご質問がありましたら、メディアファクトリーさんのカスタマーサポートにお問い合わせくださるよう、お願いいたします。
特典情報については、フルールさんの公式ツイッターでのお知らせが一番早いかと思いますので、チェックしていただけると幸いです。
お手数をおかけしますが、どうぞよろしくお願いいたします。

拍手や拍手コメントをくださった方、ありがとうございました! とても嬉しかったです。
マイペース更新のまったりブログですが、またぜひお越しくださいませ。





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2014/03/13

特典の詳細情報

『汽車よゆけ、恋の路 ~明治鉄道浪漫抄~』(メディアファクトリー フルール文庫ブルーライン)の購入特典のペーパーについてご質問をちょうだいしましたので、お答えいたします。
アニメイトさんのペーパーと中央書店さんのペーパーの内容は、全く同じです。
どちらの書店さんで購入していただいても同じペーパーがつきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

拍手や拍手コメントをくださった方、ありがとうございました。あたたかいお言葉、とても嬉しかったです。
またぜひお越しくださいませ。






2014/03/13

彩り(『汽車よゆけ、恋の路 ~明治鉄道浪漫抄~』番外)

拙著『汽車よゆけ、恋の路 ~明治鉄道浪漫抄~』の番外編です。
鷹男も俊次も、後半しか出てきません。
それでもいいよ、という方はどうぞ。





 若友洋三は、緩く吹いてきた風に溶け込んだ潮の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
 神戸は東京より海に近い。ぎらぎらと照りつける太陽と相俟って、いかにも夏本番といった感じだ。
 洋装じゃなくて、着物で来た方が涼しかったかも……。
 今更ながら後悔しつつ、額に浮き出た汗を拭き拭き歩を進める。暑さのせいか、日曜だというのに人通りは多くない。それでも外国人の姿がちらほら見えるのは、ここが古くから続く港町だからだ。
 洋三が神戸に住む次兄に会いに行こうと思ったのは、全くの気まぐれだった。
 美術学校が休みに入った途端、父が営む貿易会社の仕事が忙しくなったことに加え、二年前に伯爵家に嫁いだ姉の常子がようやく懐妊し、家の中はてんやわんやとなった。とはいえまだ学生で、しかも将来、父の会社とは無縁の職に就くであろう洋三には、これといってすることがなかった。学校で親しくしている悪友はといえば、間の悪いことに一人は欧州へ、もう一人も避暑地に出かけてしまった。要するに、洋三一人が暇だったのである。
 神戸までは、鉄道を乗り継げばそう遠くはない。途中はともかく神戸には別宅がある。管理人の富助夫婦に連絡すれば、宿や食事の心配はしなくていい。あるいは、次兄が下宿しているという小さな離れに泊まるのもおもしろいかもしれない。
 そんな適当極まりない計画の下、洋三は神戸を目指した。当然、次兄には何も知らせなかった。
 俊次兄さん、びっくりするだろうな。
 しかし怒りはしないのだ。
 次兄の思考は、驚くほど柔軟にできている。
 年が近い長兄と次兄は、子供の頃からよく行動を共にしていたが、次兄より五つ年下の洋三は置いていかれることが多かった。父の期待も、利発で活発な兄二人に向けられていた。
 洋三が不満を持ったかといえば、否である。生来細かいことにはこだわらないのんびりした性格だったし、勉学や武術より、絵を見たり描いたりする方が好きだったから、むしろほっとしていた。
 でも、画家になりたいから美術学校の試験を受けたいって言ったときは、さすがに父さんも渋い顔をしたけど。
 味方になってくれたのは次兄だ。
 試験に受かって画家として食べていけるなら、それでいいじゃないですか。食べられなくても、美術学校で学んだ専門の知識があれば職にあぶれることはありませんよ。試験に落ちたら、そのときはまた別の道を探せばいい。
 淡々と言った次兄に、父は苦笑いした。
 せめておまえがうちの会社に入ってくれていたら、洋三には好きにしろと言えるんだが。官吏はやめられんのか、俊次。
 ご期待に添えなくてすみません。でも、父さんには兄さんという立派な跡取りがいるじゃありませんか。
 父は大きなため息を落とし、つぶやいた。
 父上の気持ちが、ほんの少しだがわかった気がする。
 その言葉が許しとなった。洋三は試験に無事合格し、晴れて美術学校の日本画科に通えることとなったのだ。
 俊次兄さんはただ賢いだけじゃない。ひとつの物事に対して、同時にいくつもの見方をしている。
 そう気付いたのはあのときだったと洋三は思う。特別優しいわけではないが、きちんと話を聞いてくれる。的確な助言もくれるし、労を惜しまず味方になってくれる。にもかかわらず、俊次兄さんは何を考えているのかよくわからないと感じてきた理由が、ようやく明らかになった瞬間だった。
「ここ、だな」
 洋三は和式の大きな家の前で立ち止まった。想像していた以上に立派な家屋だ。
 門をくぐろうとしたちょうどそのとき、おい、と背後から声をかけられる。
 振り返ると、体格の良い長身の男が立っていた。野趣あふれる精悍な面立ちに、藍色の夏の着物がよく似合っている。
 男は、どういうわけか青みがかって見える黒い目をわずかに眇めた。
「おまえ、俊次の弟だな」
 いきなり言い当てられ、へ、と間抜けな声をあげてしまう。ふっくりとした母に似た洋三は、父似の次兄とは似ても似つかぬ容姿なのだ。
「どうした。東京で何かあったのか」
「あ、いえ、そういうわけでは……。あの、あなたはどなたですか?」
「俺は鷹男。俊次と一緒に暮らしている」
「一緒に暮らしている……」
 なぜ僕が俊次の弟だとわかったのですか、とか、兄の同僚の方ですか、とか、尋ねるべきことはいくつもあったが、洋三はただくり返した。
 なんだかよくわからないけど、僕は完全にこの人に負けている……。
「まあとにかく入れ。母屋の夫婦は生憎留守だが、俊次は離れにいる」
「ああ、はい、ありがとうございます」
「おまえが来るとわかっていたら三本買ってきたんだがな。二本しかないぞ」
 気負いなく門をくぐった鷹男は、手に持っていた風呂敷包みを軽く上げてみせた。ラムネの瓶が顔を覗かせている。
「おまえ、今日行くと俊次に伝えていたのか?」
「いえ……」
「そうか。それなら本当に、ただ恥ずかしがっていただけだな。あいつは妙なところで硬い」
 笑いまじりの声には、なぜか甘さが滲んでいた。
 恥ずかしがる? 俊次兄さんが?
 鷹男の後についていきながら首を傾げる。次兄が恥ずかしがっているところなど見たことがない。いつも淡々と、堂々としていた。長兄の孝一も感情の起伏をあまり表に出さないが、次兄はそもそも、起伏そのものがないように感じられた。
 この人、俊次兄さんとどういう関係なんだろう。
 飄々と前を行く男は、躊躇うことなく庭を突っ切る。
 すぐ目の前に現れた離れは、小さいものの立派な造りだった。開け放たれた戸の向こうに、こちらに背を向けて寝転がっている次兄の姿が見える。
「おい俊次、帰ったぞ。言われた通りラムネを買ってきたから機嫌を直せ」
 偉そうなくせに、どこか甘やかすような口調に、次兄は振り返らずに応じた。
「ラムネだけで僕が許すと思ったら大間違いだ。ここへ来て団扇で風を――」
 洋三が初めて聞く不機嫌な声で言いかけた次兄だったが、突然、物凄い勢いで体を起こした。どうやら足音で鷹男だけではなく、もう一人いると気付いたようだ。父方の祖父に武術を仕込まれただけあって、驚くほど敏い。
 振り返った次兄は目を丸くした。
「洋三! どうしたんだ、家で何かあったのか。常子は無事か?」
「姉さんは大丈夫、お腹の子も順調だよ。父さんの会社も問題ないし、皆元気。夏休みに入ったから遊びに来ただけ」
 答えながらも、洋三は違和感を覚えた。
 これは本当に俊次兄さんか?
 次兄と会うのは正月以来だが、印象がまるで違う。今まで白と黒だけしかなかったものに、急に鮮やかな色がついたかのようだ。
 ほっと息をついた次兄は手招きをした。
「そうか、よく来たな。暑かっただろう。中に入って休め」
「うん、ありがとう」
 頷いた洋三の横で、鷹男が眉を寄せる。
「おい俊次、炎天下に使いに行ってきた俺には一言の労いもなしか」
「うるさい。自業自得だろう。それよりラムネを洋三にやってくれ」
 荷物を下ろして軒下に腰かけると、鷹男がおとなしくラムネを差し出してきた。ありがとうございますと礼を言って受け取っている間に、次兄が隣にやってくる。その次兄にも、鷹男は水色の瓶を手渡した。
「ああ、冷たいな。気持ちがいい」
 思わず、という風に声をあげた次兄に、鷹男は優しく微笑む。
「機嫌は直ったか」
「半分はな」
「残りの半分はどうしたら直してくれる」
「そうだな、桶に水を汲んできて、ここへ持ってきてくれたら直してもいい」
「顔でも洗うのか?」
「いや、足をつける」
 わかった、と頷いた鷹男はあっさり踵を返した。
 冷えたラムネを堪能しつつやりとりを聞いていた洋三は、またしても違和感を覚えた。
 気安い物言いから、鷹男が次兄とかなり親しいことがわかる。が、友人や同僚といった言葉は当てはまらない雰囲気だ。もちろん、兄弟でいるときとも違う。
 なんだろう、なんだか変だ。
「美術学校はどうだ。おもしろいか」
 唐突に問われて、あ、うん、と洋三は慌てて頷いた。
「行ってよかったよ。ありがとう兄さん」
「僕は礼を言われるようなことはしていない」
 旨そうにラムネを飲む次兄に、俊次兄さん、と呼びかける。
「さっきの人はいったい……」
「持ってきたぞ」
 洋三の質問を遮るように、低く響く声がした。鷹男が桶を運んでくる。たっぷりと水が満ちた桶は相当重いはずなのに、少しもよろけたりしない。この男も次兄と同じで体を鍛えているようだ。
 次兄は素直にありがとうと礼を言った。
「洋三の足下へ置いてくれ」
「おまえが使うんじゃないのか」
「僕はずっと家にいたから必要ない。洋三、靴だと足が蒸れただろう。濯げ」
「あ、うん。ありがとうございます」
 一応鷹男に向かって頭を下げると、鷹男は軽く首を竦めた。そして次兄の隣に腰かける。
 その鷹男に、次兄は飲みかけのラムネを差し出した。ふと笑った鷹男は無言で受け取り、ごく自然な仕種でラムネを呷る。
「旨い」
「残りは全部飲んでいいぞ」
「機嫌は直ったか」
「まあ、そこそこな」
 次兄が応じた次の瞬間、いて、と鷹男が情けない声をあげた。
 何事かと足元から二人の方へ目を移す。
 どういうわけか、次兄が鷹男の手首をひねり上げていた。
「おまえは油断も隙もないな。さっきのじゃ足りんのか」
「正直に言うと全然足りない」
「ばかか。付き合いきれん」
 次兄の悪態に潜む甘さに気付いて、洋三は静かに桶に視線を戻した。
 ――ああ、そうか。そういうことか。
 次兄に鮮烈な彩りを与えたのは鷹男だ。
 自分でも意外なことに、嫌悪もなければ衝撃も驚きもなかった。むしろ妙に納得する。
 鷹男がどういう素性の人物かはわからないが、明らかに並の男ではない。ある意味、どんな女よりも次兄に相応しい気がする。
「兄さん、僕、今日は別宅に泊まるから」
 冷たい水に足をつけながら言うと、兄は首を傾げた。
「そうなのか? ここに泊まってもいいんだぞ」
「いや、いいよ。ここのお宅、電話ある? 富助さんに連絡したいんだけど」
「ああ、あるぞ。もう少ししたら母屋のご夫婦が帰ってみえるだろうから、後で借りるといい。じゃあ夕飯だけでも一緒に食おうか。この近くに旨いすき焼きを出す店があるんだ」
「すき焼きか! 牛鍋とはまた違うんだよね。楽しみだな」
 応じたそのとき、ふと鷹男と目が合った。
 精悍な面立ちに浮かんだ悪戯な笑みに、こちらも小さく笑みを返す。
 邪魔はしませんから、兄のこと、よろしく頼みますよ。
 心の内でつぶやいた次の瞬間、任せておけ、と自信たっぷりの声が聞こえたような気がした。






2014/03/12

購入特典情報&サイン本

『汽車よゆけ、恋の路 ~明治鉄道浪漫抄~』(メディアファクトリー フルール文庫ブルーライン)の購入特典情報がフルールさんのツイッターにあがっています。サイン本の詳細情報も、こちらでお知らせしてくださる予定です。フルールさんのサイトからツイッターに飛べるようになっています。どうぞよろしくお願いいたします。
ポップやパネルも作っていただいたので、チェックしてやってくださいませ。

拍手や拍手コメントをくださった方、ありがとうございました! とても嬉しかったです。
近いうちに『汽車よゆけ、恋の路 ~明治鉄道浪漫抄~』の番外編をあげる予定ですので、もしよろしければ、またお越しくださいませ。






2014/03/08

すみません!

『におう桜のあだくらべ』の番外編、ちょっとだけ加筆修正しました。
先に読んでいただいた方、申し訳ありません。

普段は、意味が伝わりにくいと思われる大阪言葉を担当様にご指摘いただいて修正しています。が、今回の番外編は修正なしなので、かなり濃い大阪言葉になっていると思われます…。

早速拍手や拍手コメントをくださり、ありがとうございました。
とても嬉しいです!
『汽車よゆけ、恋の路 ~明治鉄道浪漫抄~』の番外編も発売日頃にあげる予定ですので、もしよろしければご覧になってくださいませ。






2014/03/08

甘味処(「におう桜のあだくらべ」番外)

拙著『におう桜のあだくらべ』の番外編です。
最初から最後まで大阪言葉での語りが続きます(恐らく文庫より、濃い大阪言葉だと思われます)。また、椿丸も真吾もちょこっとしか出てきません。
それでもいいよ、という方はどうぞ。





 ああ、真太はん。おいでやす。
 へぇ、ほんまに暑うござりますな。こう暑いと、どんなりまへんわ。夜は涼みがてらお客さんが来てくれはりまっけど、昼間はさっぱりで。見ての通り閑古鳥が鳴いとりま。
 ご注文は。甘酒で。へぇ、おおきにすんまへん。
 わしとこの甘酒が一等旨いて、さすが噺家はん、口がお上手でんな。お世辞でもありがたいことだす。
 まあ、刑場やら墓地しかあらへんかったここら一帯が払い下げられて、若い興行師らがあっちゅう間に見世物小屋を造ったときから商売さしてもろてますよって、うちはこの界隈では老舗だす。ただ古いだけっちゅう話もありまっけど、そこはそれ。
 へぇ、わしは明治五年頃にふり売りから始めました。ご存じやと思いまっけど、明治十二年に大火がありまして、仮の小屋が全部今みたいな本格的な演芸場やら芝居小屋になったんだす。そのときにわしも、この店を建てさしてもらいましたんや。
 さ、お待遠さんでした。どうぞよばれとくなはれ。夏はやっぱり甘酒だっせ。力が出ます。
 旨いだっか。そらよかった。
 席亭連の代表の瀬島はん。あの方も、わしがふり売りのときからよう甘酒を買うてくれはった。お若いときからやり手でしたな、あのお人は。今もときどきおいなはりまっせ。坊も……、ああ、もう坊いう年やありまへんな、利蔵さんも来てくれはります。
 へぇ、もちろん真寿市師匠もおいでになりまっせ。この前は汁粉をおめしあがりになりました。そういや真太はんがうちへ初めて来てくれはったんは、真寿市師匠のお供をされとったときでしたな。へぇ、もう五年になりまっか。月日が経つんは早いでんなあ。
 そういうたら真寿市師匠も、わしが店を出したばっかりの頃、先代の真寿市師匠に連れられておいなはりましたわ。店がでけた次の日ぃでしたよって、よう覚えてます。藤之助師匠もご一緒でした。
 おや、目ぇが光りましたな。興味がおありで?
 わしもびっくりしたんだっけど、真寿市師匠が話しかけはっても藤之助師匠が黙ってはるよって、先代の真寿市師匠が藤之助師匠の口をぎゅーっとつままはったんだす。三十男の口を、こう、ゴンタクレのチビスケにやるみたいに、ぎゅーっと。
 これは口やないんか藤之助。口やないんやったら噺はでけへんなあ。もうおまえの噺を聞けんのか、残念や。
 そう言うてほんまに悲しそうな顔をしはるもんやさかい、藤之助師匠が慌てて、これは口です、噺はできますて答えはって。そしたら真楽と話をせぇて、にっこり笑わはりました。先代の真寿市師匠は茶目っ気がおありやったさかい、それで藤之助師匠は毒気を抜かれたみたいにならはりましてん。その後、汁粉を食べながら真寿市師匠とぽつぽつと話さはったんを覚えます。先代はその様子をにこにこ笑いながら見てはった。
 どうも兄弟子が真寿市師匠と藤之助師匠を比べて、藤之助師匠の陰口を散々叩かはったみたいで。もともと真寿市師匠と藤之助師匠が喧嘩をしてはったわけやないのに、そのせいでぎくしゃくしてはったんでんな。真寿市師匠は藤之助師匠とちゃんと話がしたかったみたいだっけど、藤之助師匠がそれを拒んではって。先代の真寿市師匠はお二人の仲を取り持つために、うちの店に連れて来はったんだす。
 へぇ、藤之助師匠も真寿市師匠も、ふり売りをやっとった頃からのお客さんだす。その頃から、わしの目ぇにはそない仲が悪いようには見えまへんでした。先代の真寿市師匠の前では、喧嘩もするけど仲良うもする、ごく普通の兄弟弟子やった。
 芸のことを何もわからんわしがこないなこと言うんもあれでっけど、お二人を事ある毎に比べた周りが悪かったんとちゃいますやろか。同じ日ぃに弟子入りしはった兄弟弟子や、比べるな言う方が無理かもしれまへん。けど、お二人のお師匠はんがちぃとも比べてはらへんかったのに、他人が比べるいうんも何やおかしな話で。
 先代の真寿市師匠がお亡くなりになってからは、特にひどかった思いますわ。先代、草葉の陰でお心を痛めてはったんと違うやろか。お二人とも、先代にとったら可愛い弟子に違いありまへんでしたよって。
 そういうたらつい二、三日前、ここで偶然一緒にならはりましたんやで。へぇ、そうだす、真寿市師匠と藤之助師匠だす。
 奥で真寿市師匠が汁粉をよばれてはったとこへ、藤之助師匠がおいなはったんだす。いっぺん入ってしもたんを出るんも癪やと思わはったんか、そこの戸口に近いとこにお座りになりました。そやけど狭い店や、お互いに知らんふりするわけにもいきまへん。先に声をかけはったんは真寿市師匠の方やった。
 真吾が世話になってすまんなて真寿市師匠がおっしゃると、藤之助師匠は鬼みたいに不機嫌な顔で、けど自慢そうに、椿丸の噺の稽古をでけるんはわしだけやさかいしゃあないわ、て返さはりました。
 それにしても椿丸さん作の噺はおもろいでんな! へぇ、今年の春の落語会を見に行かしてもらいました。もういっぺん見に行きたい思たんだっけど、満員で入れへんかったんだす。真吾はんの語りで椿丸さんの噺をやられると、もうたまりまへん。上方の笑いと東京の笑いを足して割ったような、新しいおもしろさや。
 わしはぜひ、真太はんにも椿丸さんの噺をやってもらいたい思てまんのやけど、しはりまへんのだっか。わしは真太はんの落語、好きですよって。前座とかそないなことは、わしら客には関係あらしまへん。ええもんはええ。おもろいもんはおもろい。世辞やありまへんで。
 ああ、いずれはしたい思てはるんだっか。けど今はまだ馬に蹴られたない。はあ、そらどないな意味で……?
 へ? ――ああ、今の先の藤之助師匠と真寿市師匠の話だっか? お二人が口きかはったんはそんだけだす。へぇ、そんだけ。後はお二人とも黙ぁって、それぞれ汁粉を食うてはりました。けど険悪な感じはしまへんでしたな。椿丸さんと真吾はんの落語会があってから、ちぃとずつやけど昔みたいに、ごく普通の兄弟弟子に戻ってはる気ぃがしまっさ。先代の真寿市師匠も、さぞや安堵されてる思いますわ。
 へぇ、真寿市師匠も藤之助師匠も汁粉をよばれはりました。お二人とも、うちでめしあがるんは決まって汁粉だす。先代の真寿市師匠の好物やったからかもしれまへん。お二人とも、先代の真寿市師匠をほんまに慕てはったんだっしゃろな。正反対に見えるお二人だっけど、どっか似たとこがおありや。やっぱり兄弟弟子でいなはる。
 藤之助師匠の影響かわかりまへんけど、椿丸さんも汁粉がお好きだす。まあ、あのお人は甘いもんは全部お好きやさかい、甘酒やら善哉もよう頼んでくれはるんやけど。
 椿丸さんが店に入ってきはっただけで、ぱあっと日ぃが差したみたいに明るうなるんは何でだっしゃろな。この前、真吾はんと一緒においでなはったんだっけど、お天道さんか牡丹の花かていうくらいきらきらしてはりました。いやもう眩い眩い。
 真吾はんは何や急に落ち着かはりましたな。どっしりして揺るがはらへん感じがしまっさ。ええ男ぶりや。椿丸さんが夢中で汁粉をよばれてはるんを嬉しそうに眺めてはるんを見て、そない思いました。
 ――へぇ、正直に申しますと、ちぃと胸焼けする心地はしました。や、嫌な気分ていうわけやないんだす。椿丸さんは明るうて屈託のない可愛らしいお人やし、真吾はんも礼儀正しいて静かなお人や。わしはお二方の落語だけやのうて、人となりも好きだす。
 けど、なんでか妙に気恥ずかしいていいますか、自分の店やのに身ぃの置き所があらへんていいますか。あんまり仲がよろしいさかい、こそばゆい気持ちになるんだす。わしの勘やと、お二人はたぶん……。
 え、真太はんもあのお二人を前にすると、同じ心地にならはるんだっか。
 ……もうちぃとだけでええさかい、控えていただいた方がよろしい思いますわ。真太はん、真吾はんの弟弟子でっしゃろ。どないかなりまへんのか。
 はあ、どんならん。まあさいでっしゃろな。ご無理言いましてすんまへん。
 へぇ、もちろん誰にも言いまへん。ここで商売さしてもろて二十三年、いろんなことを見聞きしましたけど、その辺りのことは弁えてとりま。今の先の真寿市師匠と藤之助師匠のお話も、真太はんやさかいしましたんや。
 へぇ、この甘味処のクメを信頼してくれてはる。嬉しいでんな、おおきに。
 ――あ、こら椿丸さん、真吾はん、おいでやす!
 今日はお二人とも甘酒だっか。へぇ、毎度おおきに。
 ああ、やっぱり眩い……。それに尻がむずむずする……。
 や、何でもありまへん何でもありまへん。な、そうだんな、真太はん。
 え、もうお帰りで。ちょっと真太はん、わしを一人にせんといとくなはれ。
 いやいや、何でもありまへんのやで椿丸さん、大事ござりまへん。へぇ、ほんまに。心配してくれはっておおきにすんまへん。
 あっ、ちょ、真太はん、待っとくなはれ。真太はん、真太はん!







2014/03/08

購入特典追加情報

『におう桜のあだくらべ』(新書館ディアプラス文庫)の特典の追加情報です。
コミコミスタジオさんで購入していただくと、カバーイラストのカードがもらえます。
どうぞよろしくお願いいたします。

拍手をくださった方、ありがとうございました!
近いうちに『におう桜のあだくらべ』の番外編をアップしますので、ご興味を持たれましたら、またお越しくださいませ。






2014/03/07

購入特典ペーパー

3月10日頃に発売予定の新刊、『におう桜のあだくらべ』の購入特典ペーパーの配布書店さんのリストが、新書館さんのサイトにあがっています。どうぞよろしくお願いします。

拍手をくださった方、拍手コメントをくださった方、ありがとうございました。とても嬉しかったです。
かようにマイペース更新なブログですが、またぜひお越しくださいませ。